Studies

大きな困難に直面したとき、そこから回復していく人間の力を、レジリエンスといいます。
それは潰されたゴムボールが元に戻ろうと跳ね返すような回復の力です。

レジリエンスに関する研究は、1950年代、子どもの健康に関する調査の中で、「困難な状況においても、新しい環境に柔軟に適応し、成功する子ども」が一定数いることが発見されたことから始まりました。こうした子どもの特徴や、子どもを支援する環境に焦点をあてた研究が始まったのです。

1980年代になると、PTSDなどの精神疾患を予防する要因としても研究されるようになり、大切な人との死別や、強い恐怖を感じるような状況においても、立ち直る力をもつ人の多さに注目が集まるようになります。こうした人に共通している特徴が検討される中で、レジリエンスを測定する尺度も開発されました。


東日本大震災における心理社会的問題

大きな災害が発生すると、災害の体験や被害が心的トラウマとなったり、多くのものを喪失することで悲嘆、怒り、罪責感が生じたり、また突然日常生活が破綻することで生活上のストレスを感じたりします。

しかし、東日本大震災は、震災、津波、原発事故という複合災害となり、これまでの災害では見られなかった問題も生じました。

放射線リスクについては、避難指示区域の住民にとどまらず、多くの方を不安にさせました。広範囲に影響があり、五感で感じることもできず、それゆえにどう身を守ればいいかわからない放射線リスクは、やがて福島県産品の風評被害や、福島県民へのスティグマ(偏見・差別)問題にも発展していきました。また補償の違い、放射線リスクや復興に対する考え方の違い、スティグマへの考え方の違いから、震災前は一緒に暮らしていた家族や近い関係であったコミュニティが分断され、家族が離れ離れに暮らすことになったり、人間関係が疎遠になってしまうケースも多く見られました。土地、家、仕事、家族、人とのつながり、さまざまなものがさまざまな形で失われ、多くの喪失体験を重ねる中で、抑うつ症状やアルコール依存、PTSDといったメンタルヘルスの問題につながる方や、自殺に至ってしまう方もいました。


東日本大震災とレジリエンス

東日本大震災におけるレジリエンス研究も複数報告されています。例えば、被災地に派遣された医療従事者では、 震災1ヶ月後のレジリエンスが、4年後のワークエンゲージメントを予測していること(Nishi et al., 2016)、 消防隊員のレジリエンスがPTSD症状と関連していること(Noda et al., 2018) 宮城県の高校生では、2012年から2014年にかけてレジリエンスの強い学生が増加しており、抑うつ症状との負の相関があること(Okyuyama et al., 2018)、 広野町から避難した住民においては、レジリエンスは、うつ病、PTSD、および一般的な健康にとって重要な緩衝剤となること(Kukihara et al., 2014)などが示されてきました。


私たちの行った研究・調査について

複合災害における心の健康に役立つ項目の検討

レジリエンスが震災後の精神健康状態に影響することはこれまでにも示されていますが、私たちは、複合災害に特有の、具体的なレジリエンスの内容を検討する必要があると考えました。

そこで、まず面接調査にて、本災害からの精神健康の回復に役立った要因を確認し、複合災害におけるレジリエンス項目を作成しました。次に、大規模な質問紙調査にて、複合災害におけるレジリエンスを測定する項目の因子グループ、複合災害におけるレジリエンス項目の心の健康への影響を検討しました。

複合災害におけるレジリエンス項目とその因子グループ

複合災害におけるレジリエンス項目は、以下の12項目に絞られ、「スティグマと受容」「被災体験の共有」「自分自身の行動」「サポート」という4つの因子グループがあることがわかりました。

複合災害におけるレジリエンス項目の心の健康への影響

心の健康状態で「支援が必要な状態、ストレスを感じている状態」の人と「健康度の高い」人に分け、 「健康度の高い」人によく見られる特徴を確認しました。その結果、複合災害におけるレジリエンス項目の中で、「自分自身の行動」得点が高いと、心の健康度が高くなる傾向が示された。

こうした結果から、喪失したものが大きく、これまでの生活には戻れない中で、新たにできるようになることに意味を感じることや、新たな生活を築き、目標・生きがいを持つこと、今できる行動を続けることが重要であることが示唆されました。